大御食津姫大神は、食べ物の恵みと農作物の豊かな実りを守る神様です。大阪府八尾市の恩智神社に祀られ、秋には新穀から特別なお供えを作る神事が受け継がれています。神名の意味や似た名前の神との関係、今に残る食の祭りを紹介します。
大御食津姫大神は何の神様?
大御食津姫大神は、穀物や食べ物を司る女神です。大御食津彦大神とともに恩智神社の主祭神として祀られ、作物の豊作を祈る信仰と結びついています。
名前に含まれる「御食」は「みけ」と読み、神や天皇に供える食べ物を表す言葉です。「み」は敬意を添える語で、「け」は食事を意味します。
平安時代の歴史書には、すでに恩智の彦神と姫神の名が記されています。850年には二柱そろって正三位、859年には従二位という高い神階が授けられました。神階とは朝廷が神に授けた位のことで、二柱は朝廷の篤い崇敬を受けていました。
現在も恩智では、収穫した米を餅や団子にして神へ供える祭りが続いています。
大御食津姫大神の別名・読み方
「大御食津姫大神」は「おおみけつひめのおおかみ」と読み、恩智神社の祭神には大御食津姫命という表記も使われています。古い歴史書では、地名の「恩智」を神名の前に付けた形で記されています。
| 区分 | 神名・表記 |
|---|---|
| 現在の呼び名 | 大御食津姫大神(おおみけつひめのおおかみ) 大御食津姫命(おおみけつひめのみこと) |
| 古代の記録 | 恩智大御食津姫命神、恩智大御食津比咩命神 |
「姫」と「比咩」は、どちらも「ひめ」と読む表記です。また、大御食津姫命を、伊勢神宮外宮に祀られる食の神・豊受大神と同一視する説明もあります。
大御食津姫大神の御神格・ご利益・ご神徳
大御食津姫大神の信仰の中心は、食べ物の恵みと五穀豊穣です。恩智神社では二柱の主祭神に豊かな収穫を願うとともに、暮らしの災いを除く祈りが伝えられています。
大御食津姫大神の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 食物の神、穀物・豊穣の神 |
古代の恩智神社は、収穫の季節に神々へ供物を捧げる相嘗祭に関わっていました。『延喜式』の恩智社の条には、鮑、かつお、海藻、塩、酒を造るための稲など、さまざまな品が並びます。山野や海から得られる食材が神前に届けられていたのです。
その後も恩智では、米を使った特別な神饌が作られてきました。神饌とは、神に供える食べ物のことです。恩智では、奉仕者が身を清め、米を調理して神に捧げる作法が伝わっています。
大御食津姫大神のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 五穀豊穣、厄除け・災難除け(恩智神社の二祭神への信仰) |
| ご神徳 | 食の恵みをもたらし、作物の実りと暮らしを守る働き |
作物が実るためには、雨や風がほどよく巡ることも欠かせません。859年の記録には、朝廷が恩智神を含む諸社に使者を遣わし、風雨について祈ったことが記されています。食の恵みを願う祭祀は、天候への祈りとも結びついていました。
恩智神社の夏祭りには、災いを除く祈りのため、神輿が住吉大社まで向かったという由緒があります。秋には新しい穀物で作ったお供えを卯辰祭で神前へ捧げ、その後、氏子や崇敬者へ分ける習わしが続いています。
大御食津姫大神の家系と関係する神々
大御食津姫大神とともに恩智で祀られているのが、大御食津彦大神です。平安時代の記録にも、彦神と姫神の名がそろって現れます。父母や子の名など、姫神自身の詳しい家系は伝承が乏しいものの、二柱への祈りは今も同じ境内で受け継がれています。
恩智神社は、天児屋根命を祀る春日信仰とも関わっています。同神が恩智から枚岡神社を経て春日大社へ祀られたという由緒から、恩智神社は「元春日」と呼ばれています。大御食津彦大神は天児屋根命の子孫とも伝えられ、境内には春日神社もあります。
恩智神社の祭神として名が伝わる御食津臣命
『新撰姓氏録考証』には、恩智で祀られる神として大御食津臣命の名が挙げられています。御食津臣命とも記され、天児屋根命に始まる中臣氏・藤原氏の系譜に登場する祖先神です。
藤原氏の系図では、宇佐津臣命と伊賀津臣命の間にその名が置かれています。食の神を祀る恩智には、春日信仰や氏族の祖先をめぐる伝承も重なっています。
大御食津姫大神の神話・伝承
恩智神社では、神へ供える食べ物を作る「御供所神事」が大切に受け継がれています。11月24日、世襲の13家を中心とする御供所講が、26日の卯辰祭へ捧げる餅や団子を作ります。神に届ける食べ物を作ることそのものが、祭りの大切な神事です。
神火を受け継ぎ、御供を作る朝
恩智神社の御供所神事の記録をもとに、情景を添えて物語にしました。
朝の空気の中で、奉仕者たちは身を清めた。衣装を整え、拝殿へ進む。これから手にする米は、祭りの日に神前へ捧げるものだ。
祓いを受け、宮司から神火をいただく。目は小さな火から離れない。御供所へ運び、竈へ移すと、炎の明るさが土間に広がった。
清めの食事である斎食を済ませると、御供作りが始まる。餅を搗く音が響き、湯でこねた米粉が手の中で形を変えていく。指先で曲がりを整えるたび、いつもの米が、神に捧げる姿へ近づいていった。
作るのは、小餅と餅マガリの二種類の餅、そして大ブト、マガリ、バイシの三種類の団子だ。形を整えた団子を油へ入れると、細かな音が立つ。いくつもの手が働き、まだ何もなかった場所に、御供が少しずつそろっていった。
出来上がった御供は、拝殿の脇に安置される。手を止めた人々の間に、ようやく静かな息が戻る。火を受け取り、米をこね、形を作った一日は、互いをねぎらい、共に食事をする直会で結ばれた。
⇒【地域文化資産ポータル】恩智神社卯辰祭供饌行事の記録はこちら
この御供作りは「恩智神社卯辰祭供饌行事」として八尾市の無形民俗文化財に指定されています。
大御食津姫大神ゆかりの神社・祀られている神社
大御食津姫大神を祀る代表的な神社は、大阪府八尾市の恩智神社です。食の神への祈りは、収穫期の神事や、地域を巡る夏祭りの中に今も残っています。
恩智神社(大阪府八尾市)
恩智神社は、八尾市恩智中町5-10、生駒山地の西麓に鎮座しています。二棟の本殿のうち、向かって左の第二殿に大御食津姫命、右の第一殿に大御食津彦命が祀られています。本殿は、流造の一種である珍しい「王子造」です。
創建は雄略年間の470年頃と伝えられ、平安時代には『延喜式』で、特に重んじられた神社を示す名神大社に数えられました。社殿はもと天王の森にあり、建武年間、恩地左近が恩智城を築く際に、城から神を見下ろすことをはばかって現在の高い場所へ移したと伝えられています。天王の森は、現在も祭りの神輿を迎える御旅所です。
本殿前には、神の道案内をしたという兎と、幸せな人生へ導くとされる龍の像が置かれています。8月1日の恩智まつりでは、神輿とふとん太鼓が131段の石段を行き来し、天王の森へ巡行します。秋の供饌行事に加え、夏のにぎやかな祭りも地域の人々が支えています。