下照比売命は、和歌の祖神として敬われる女神です。夫を失った悲しみと、兄の名を明かす歌が神話に残り、各地の神社では安産や子宝、縁結びの神としても親しまれています。
下照比売命は何の神様?
下照比売命は大国主神の娘で、和歌の祖神として敬われています。『古事記』では天若日子の妻となり、夫の葬儀に現れた兄の名を歌で知らせる女神として登場します。
和歌の祖神とされる背景には、『古今和歌集』の仮名序があります。そこでは、世に伝わる歌の起こりを、天では下照姫、地では須佐之男命に結びつけています。神話に登場する歌い手としての姿が、後の歌の文化の中でも受け継がれてきました。
父の治める地上の国へ、天から使者として来たのが夫の天若日子でした。二柱の結婚は、地上の国を天の神々へ譲る「国譲り」の神話の中で語られます。現在は歌の神としての信仰に加え、山陰では安産や病気平癒、博多では縁結びの願いが寄せられています。
下照比売命の別名
下照比売命は「したてるひめのみこと」と読み、「したでるひめ」と読む例もあります。下照姫という名でも広く知られ、古典では場面によって異なる名前が使われています。
| 区分 | 別名・異表記 |
|---|---|
| 『古事記』の名前 | 高比売命、下光比売命、下照比売 |
| 『日本書紀』の名前 | 下照姫、高姫、稚国玉(第九段本書)、下照媛(第九段の第一の一書) |
| 神社などで用いられる表記 | 下照姫命、下照比賣命、下光比賣命、高比賣命 |
『古事記』では系譜に高比売命と下光比売命の名があり、天若日子との結婚では下照比売、兄の名を歌う場面では高比売命と記されます。「下照る」は、周囲まで照り映えるほどの美しさを表す言葉とする説があります。『万葉集』にも桃の花で道が明るく照り映える様子を「下照る」と詠んだ歌があり、女神の名からも、あたりを華やかにするような美しさが浮かびます。
比売許曽神とも古くから同一視されてきました。『延喜式』には、下照比売社を「比売許曽社」とも呼ぶ記載があります。
現代のブログや動画では、下照比売命を瀬織津姫や『竹取物語』のかぐや姫に重ねる説も語られています。夫の天若日子を饒速日命とみる説も、そのように神話のつながりを探る独自の解釈の一つです。『古事記』『日本書紀』で語られるのは、地上の国へ遣わされた天若日子と下照比売命の結婚です。
かぐや姫を思わせる社名を持つのが、長崎県壱岐市の輝夜神社です。ここでも下照姫命を祀っています。神社が伝える名付けの由来は、創建者の壱岐への移住。島を月に見立て、移住を「月に還る」ことに重ねて、かぐや姫から社名を思いついたといいます。
下照比売命の御神格・ご利益・ご神徳
下照比売命には、和歌の祖神としての信仰と、安産や人々の暮らしを守る神としての信仰があります。ご利益には、それぞれの神社の由緒や地域の伝承が結びついています。
下照比売命の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 和歌の祖神、安産の守護神 |
下照比売命が詠むのは、「天なるや」で始まる歌です。天で機を織る女性の玉の首飾り「御統(みすまる)」を歌い込み、結びに兄の神名を置いています。『古事記』では「夷振」と呼ばれ、「ひなぶり」と読む古い歌の一種です。
安産の守護神としての姿は、伯耆国の倭文神社に伝わります。社伝では、出雲から来た下照姫命が当地で安産の指導や薬の普及に力を尽くしたとされ、その働きを慕う人々が出産の無事を祈ってきました。
下照比売命のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 安産・子宝、病気平癒、家内安全、文芸上達、縁結び・恋愛成就 |
| ご神徳 | 安産と健康の守護、家庭の平安、文芸の守護、人の縁を結ぶ働き |
松江の賣豆紀神社では、下照比賣命に安産・子宝や病気平癒、家内安全を祈ります。歴代の松江藩主の夫人たちも、懐妊した際の守護を仰いだと伝わります。
倭文神社の下照姫命には、文芸上達や恋愛成就の願いも寄せられます。福岡の下照姫神社では縁結びの神として親しまれ、歌を詠む女神への信仰は、日々の暮らしや人との縁にも広がっています。
下照比売命の家系図・関係する神々
『古事記』では、父は大国主神、母は多紀理毘売命です。阿遅鉏高日子根神は父母を同じくする兄で、天若日子が夫に当たります。
| 関係 | 神名・説明 |
|---|---|
| 父 | 大国主神。国造りと国譲りの神話に登場する神です。 |
| 母 | 多紀理毘売命。宗像の奥津宮に鎮座する女神として記されます。 |
| 夫 | 天若日子。葦原中国を平定するため高天原から遣わされ、下照比売命と結婚します。 |
| 同母の兄 | 阿遅鉏高日子根神。夫の葬儀の場面では阿遅志貴高日子根神という表記で登場します。 |
| 父を同じくする兄弟神 | 事代主神、建御名方神。いずれも『古事記』で大国主神の子とされます。 |
『日本書紀』第九段の本書では、父を大国主神の別名である顕国玉と記し、娘を下照姫と呼びます。母の多紀理毘売命を含む上の系譜は『古事記』に基づくものです。下照比売命と天若日子の子については、『古事記』の系譜や婚姻の話では語られていません。
夫の天若日子と兄の阿遅鉏高日子根神は、友でもありました。夫が亡くなったときには兄が弔いに訪れ、その場で下照比売命が歌を詠みます。
下照比売命の神話・伝承
夫の死に続く葬儀で、下照比売命の兄が死者と取り違えられます。ここでは『古事記』をもとに、天まで届いた泣き声と、兄の名を明かす歌の物語を紹介します。
天まで届いた泣き声、兄の名を歌う声
『古事記』をもとに、情景や会話を添えて物語にしました。
呼びかけても、夫の胸は動かなかった。下照比売命は寝床のそばに膝をつき、天若日子の顔を見つめた。胸に刺さった矢へ目が向くたびに、息が詰まった。
「もう一度、返事をして」
願いを口にしても、息一つ返ってこない。地上の神々を従わせるために天から遣わされた夫は、ここで妻を迎え、国を自分のものにしようと企てた。八年もの間、天への報告はなかった。
報告のない理由を問いに来た雉を、夫は射殺した。その矢が天に届き、高木神に投げ返されて、寝ていた夫の胸を貫いたのだ。下照比売命が名を呼んでも、もうその目が開くことはない。
下照比売命の喉から、言葉にならない声があふれた。息を吸い直しても、涙は止まらない。その泣き声は風に乗り、地上を離れ、遠い天まで響いていった。
やがて夫の父、天津国玉神と天の遺族が降りてきた。泣き悲しむ彼らは、地上に天若日子を弔うための喪屋を建て、鳥たちにも役目を与えた。鷺は掃く役を、雀は米をつく役を、雉は泣く役を担い、八日八夜、歌と舞が続いた。
幾度も夜が明けるうちに、下照比売命は泣き疲れた目を上げた。弔いの場に、兄の阿遅志貴高日子根神が立っていた。その姿を見た天からの遺族が、息をのむ。
「生きていたのか。我が子は、生きていたのか」
天津国玉神をはじめ、天から来た遺族が兄の手足にすがりついた。夫と兄は、それほどによく似ていたのだ。死者が戻ったと喜ぶ声の中で、兄の顔が険しくなった。
「大切な友だから、弔いに来た。それなのに、なぜ私を穢れた死人と取り違える」
低かった声が、怒りに震えた。阿遅志貴高日子根神は剣を抜き、喪屋を斬り伏せた。木の裂ける音が響き、続く一蹴りで喪屋は遠くへ飛び、美濃国の藍見河の上流にある喪山となった。
兄は怒りを残したまま飛び去っていく。下照比売命は、その姿を追って顔を上げた。夫を悼みに来た兄を、このまま死者と取り違えさせてはおけない。今ここを去る神の名を、皆に知らせたかった。
下照比売命は息を整え、泣き続けてかすれた喉から声を出した。天で機を織る女性の首飾り、その大きな玉を歌い、谷を渡っていく兄の姿へと言葉をつないだ。そして最後に、その名をはっきりと響かせた。
「阿遅志貴高日子根神ぞ」
夫は戻らない。下照比売命は涙に濡れた顔を上げたまま、兄の去った空を見つめていた。名を告げる歌声が、弔いの場に残った者たちへ届いていった。
『日本書紀』では、夫の遺体を天へ運び、天上で葬儀を行う筋になっています。地上に喪屋を建てる上の物語とは、葬儀の場所が異なります。
下照比売命ゆかりの神社・祀られている神社
下照比売命は、出雲や伯耆の神社だけでなく、奈良や富山、福岡でも祀られています。兄や夫とともに祀る社、安産の伝承を受け継ぐ社など、神話と地域の暮らしに結びついた信仰が見られます。
高鴨神社|奈良県御所市
高鴨神社では、本殿に下照姫命と天稚彦命を祀っています。主祭神の阿遅志貴高日子根命は、下照比売命が歌で名を明かした兄に当たります。西宮には母の多紀理毘売命も祀られています。
授与品の「御統」は、玉を連ねて手首に着ける装身具です。本殿の唐破風にある彫刻をかたどり、水晶玉にもその意匠を刻んでいます。
倭文神社|鳥取県湯梨浜町
伯耆国一ノ宮の倭文神社は、下照姫命を祀り、安産の神社として信仰を集めています。社伝では、出雲から海路で来た姫が従者とともにこの土地に住み、農業開発にも力を尽くしたといいます。参道脇には、姫が夢に現れた後、女性がそこで無事に出産したと伝わる「安産岩」があります。
「倭文」は古い織物の名で、祭神には織物の祖神である建葉槌命も含まれます。当地の織物が姿を消した後も、下照姫命への安産信仰は続きました。毎年五月一日に例祭があり、前夜祭には湯立神事が行われます。
境内の山林にある伯耆一宮経塚は、古くは下照姫命の墓と伝えられていました。発掘で経典を納める銅経筒や仏像などが出土し、経典などを埋めた塚だったことが分かりました。
賣豆紀神社|島根県松江市
松江市雑賀町の賣豆紀神社は、下照比賣命を主祭神とする神社です。和歌の祖神として崇めるとともに、安産や子宝、病気平癒を願う信仰が受け継がれています。『出雲国風土記』にも載る古社で、例祭は十月三日です。
境内の「子宝いぬ」をなで、安産や子授けを願う習わしがあります。唐獅子灯籠には、病気平癒を祈るときに銀紙を貼り、願いがかなった際には金紙を貼って感謝する風習が伝わります。佐太神社へ集まる神々が、その行き帰りに立ち寄るとされる「神在の社」でもあります。
下照比売命が祀られている主な神社
出雲大社の境外社では、高比売命の名で祀られています。福岡市博多区の下照姫神社は住吉神社の摂社で、縁結びの神として親しまれています。
| 神社名 | 住所 |
|---|---|
| 大穴持御子玉江神社(乙見社) | 島根県出雲市 |
| 大穴持御子神社(三歳社) | 島根県出雲市 |
| 内神社(高野宮) | 島根県松江市 |
| 比賣神社 | 富山県南砺市 |
| 下照姫神社 | 福岡県福岡市博多区 |
| 輝夜神社 | 長崎県壱岐市 |