級長津彦命は、風を司り、作物を育てる穏やかな天候を願って祀られてきた神です。『古事記』では志那都比古神と呼ばれ、伊勢神宮や奈良の龍田大社、東京の田無神社などに信仰が受け継がれています。名前の違いや級長戸辺命との関係、風の神に託された祈りを紹介します。
級長津彦命は何の神様?
級長津彦命は、日本神話に登場する風の神です。田畑を荒らす強風を鎮め、風雨が穏やかであるように願う農耕の信仰と深く結びついています。
『古事記』では、国土を生んだ伊邪那岐命と伊邪那美命が生む神々の一柱として登場します。木や山、野の神々と並び、人々が暮らす自然の世界を担います。『日本書紀』には、伊弉諾尊の息から風神が生まれる話も収められています。
人々は風の力を畏れ、豊かな実りを願って風の神を祀ってきました。現在も風雨の災害を避ける祭りが続き、地域によっては生命を支える「気」を守る神や、龍神としても信仰されています。
級長津彦命の読み方・別名
級長津彦命は「しなつひこのみこと」と読みます。『古事記』の志那都比古神は「しなつひこのかみ」と読み、同じ風神を指す表記です。文献や神社によって、次のような名前が使われています。
| 区分 | 別名・異表記 |
|---|---|
| 『古事記』 | 志那都比古神 |
| 『日本書紀』神代上・第五段一書第六 | 級長戸辺命、級長津彦命(同じ神の二つの名) |
| 神社での呼称 | 天御柱大神(龍田大社)、級長津彦神(大宮神社) |
名前の「シナ」には、風が長く吹くことを表すという説があります。また、「シナツ」を風の吹き起こる場所と結びつける説もあります。「ヒコ」は男性を表す言葉で、男神として語られています。龍田大社の天御柱大神という名の「御柱」は、同社では天地万物の中心となる柱の意味で説明されています。
級長戸辺命は「しなとべのみこと」と読みます。『日本書紀』の一書では、級長津彦命と同じ風神の別名として登場します。一方、神社では男神と女神の一組としても親しまれ、伊勢神宮の風日祈宮・風宮では二柱の風神として祀られています。龍田大社も、天御柱大神と国御柱大神を二柱の祭神とし、それぞれ志那都比古神・志那都比売神という別名で呼んでいます。
級長津彦命の御神格・ご利益・ご神徳
級長津彦命に託されてきた代表的な願いは、風雨の災害を避け、作物が豊かに実ることです。田畑を守る祈りに加え、船の航行や日々の暮らしに関わる信仰も伝わっています。
級長津彦命の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 風の神、風雨を司る神、農作物を守る神 |
『古事記』は志那都比古神を「風神」と記しています。伊勢神宮では雨と風の両方を司り、農作物の生育に関わる神として敬われ、正宮に準じた丁重な祭祀が行われます。
奈良県御所市の志那都彦神社では、風水害から田畑を守り、五穀豊穣をもたらす農業の神として祀られています。鎮座するのは「風の森峠」の頂上です。
島根県出雲市の大宮神社は、級長津彦神を風の神として祀っています。日本海を行き交う船の安全を願って祀られたと考えられています。
級長津彦命のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 風雨の災害除け、五穀豊穣、厄除け・交通安全・家相除け(龍田大社での祈願) |
| ご神徳 | 風雨を穏やかにし作物を守る働き、生命を支える「気」を守る働き(龍田大社の信仰) |
強風や長雨は、田畑の実りに大きく影響します。伊勢神宮の風日祈祭では、風雨による被害を避け、五穀が豊かに育つように祈ります。
龍田大社では、風神は大気・生気・風力を司り、生命や万物の生成を支える「気」を守る神とされています。同社では、厄除け・交通安全・家相除けなど、暮らしの安全を願う祈祷も行われています。
級長津彦命の家系図・関係する神々
『古事記』の志那都比古神は、伊邪那岐命と伊邪那美命の子です。二神は国土を生んだあと、住まいや海、風、木、山などに関わる神々を生みます。
| 関係 | 神名・説明 |
|---|---|
| 父 | 伊邪那岐命。『古事記』の神生みにおける父神 |
| 母 | 伊邪那美命。『古事記』の神生みにおける母神 |
| 兄弟姉妹の一例 | 久久能智神、大山津見神、鹿屋野比売神。ともに『古事記』で伊邪那岐命と伊邪那美命の子とされる神々 |
| 妻とされる神(市原市の伝承) | 志那斗弁命。姉埼神社に祀られ、島穴神社の志那津彦命の妻と伝えられる |
久久能智神は木、大山津見神は山、鹿屋野比売神は野を司ります。『古事記』では、志那都比古神とこの三柱を合わせて四柱と数えています。
千葉県市原市の姉埼神社には、女神の志那斗弁命が、夫である島穴神社の志那津彦命の帰りを待ちわびたという伝承があります。「待つ」を嫌って同じ音の「松」も避けるようになったとされ、正月の門飾りには松の代わりに竹と榊を用います。
級長津彦命の神話・伝承
『日本書紀』神代上の第五段一書第六には、国土に満ちた朝霧を吹き払い、風の神が生まれる話があります。霧に向かって息を吹いたのは、国生みを終えた伊弉諾尊でした。
朝霧をひらく、ひと息
『日本書紀』の風神誕生の話をもとに、情景や会話を添えて物語にしました。
白い霧の向こうに、国の姿が隠れていた。伊弉諾尊は目を細め、遠くを見ようとした。湿った空気が肌にまとわりつき、どこまで目を凝らしても、薄白いものが重なっている。
伊弉冉尊とともに生んだ大八洲の国は、そこにあるはずだった。「私の生んだ国は、朝霧でいっぱいではないか」。声にすると、見えないままにしておくのが、いっそうもどかしくなった。
伊弉諾尊は胸いっぱいに息を吸い、霧に向かって長く吹いた。白い幕が押し動かされ、かすんでいた国の輪郭が見え始める。自分の息が遠くまで届いていくのを感じ、肩から少し力が抜けた。
その息に、ふと、自分とは別の気配を感じた。伊弉諾尊は息を止め、流れていく先を見つめた。霧を払った息そのものが、一柱の神になっていたのだ。
級長戸辺命、またの名を級長津彦命。風の神が生まれた。頬を過ぎていくその気配を、伊弉諾尊は静かに受け止めた。
⇒【ウィキソース】『日本書紀』神代上・風神誕生の原文はこちら
級長津彦命を祀る神社と東京の参拝先
級長津彦命は、奈良や伊勢で風を鎮める祭祀を通じて祀られ、各地では田畑や暮らしの安全を願う信仰を集めています。東京では、西東京市の田無神社の本殿や、文京区の根津神社境内にある駒込稲荷神社でお参りできます。
龍田大社(奈良県三郷町)
龍田大社は、天御柱大神と国御柱大神を主祭神として祀る、風神信仰の代表的な神社です。天御柱大神の別名が志那都比古神で、級長津彦命にあたります。
社伝によれば、凶作や疫病が広がったころ、崇神天皇の夢に神が現れ、龍田の立野に社を建てるよう告げました。そのとおりに社を建てると、豊作となり疫病も収まったと伝えられています。現在も7月の風鎮大祭をはじめ、春には五穀豊穣を願い、秋には収穫に感謝する祭りが行われます。神紋の「八重の楓」には、風神の清らかな気が四方八方へ行き渡るようにとの祈りが込められています。
風日祈宮(三重県伊勢市)
風日祈宮は「かざひのみのみや」と読み、伊勢神宮の内宮に属する別宮です。級長津彦命と級長戸辺命を祀り、内宮神楽殿の向かいから参道を進み、風日祈宮橋を渡った先に鎮座します。
古くは「風神社」と呼ばれ、延暦23年(804)の『皇太神宮儀式帳』にも名が見えます。神宮には、蒙古襲来の際に風の神々が「神風」で国を守ったという信仰があり、その神威をたたえて正応6年(1293)に宮号が与えられました。現在の風日祈祭は毎年5月14日と8月4日に行われ、5月には蓑や笠を奉ります。こうした奉納を伴う祭りは、古くから「御笠の神事」とも呼ばれてきました。
田無神社(東京都西東京市)
田無神社では、級長津彦命・級長戸辺命・大国主命を主祭神として本殿に祀っています。二柱の風神は本殿の金龍として信仰され、境内の黒龍・白龍・赤龍・青龍と合わせて「五龍神」と呼ばれています。
五龍神の色と方位は、五行思想に基づくものです。神社はかつて北谷戸の宮山で「尉殿権現」と呼ばれ、青梅街道沿いに町が発展するなか、17世紀に現在地へ遷りました。明治5年(1872)には、神仏分離に伴って田無神社へ改称されています。風の神々への祈りとともに、地域の貴重な水に感謝する信仰も受け継がれてきました。
級長津彦命が祀られている主な神社
代表の三社のほかにも、次の神社で級長津彦命が祀られています。志那都比古神や級長津彦神の名で祀る神社、境内社に祀る神社もあります。
| 神社名 | 住所 |
|---|---|
| 風宮(伊勢神宮外宮の別宮) | 三重県伊勢市 |
| 駒込稲荷神社(根津神社境内) | 東京都文京区 |
| 志那都彦神社 | 奈良県御所市 |
| 宗像大社辺津宮の摂末社(津田神社・風隼神社) | 福岡県宗像市 |
| 大宮神社 | 島根県出雲市 |
東京の参拝先の一つ、駒込稲荷神社は、根津神社が現在地へ移る前、徳川綱重の下屋敷を守る神社でした。2026年夏には、祭神の級長津彦命と級長戸辺命が風の神であることにちなみ、社を風車で彩る「夏詣 かざぐるま祭り」が行われました。